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令和8年3月22日 彼岸会法要を勤めました。

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  令和8年3月22日(日曜日)彼岸会法要を勤めました。 暑さ寒さも彼岸までとか言いますが今日は朝から肌寒い日になりました。 本堂にも暖房を入れました。 そんな中、遠い所をお詣りに来て頂けました。感謝します。 法要の後は諸行無常についてお話ししました。 近頃季節は四季ではなく暑い寒いの二季と言われるようになりました。 気候だけでは無く、人の世も昔と考え方が大きく異なり、それまでの常識が通じなくなりました。 あらゆるものが移り変わる、それを諸行無常といいます。 千年以上前から「いろは歌」を始め世の無常を繰り返し述べられてきました。 それにも関わらず「常にあらんことを思う」執着心が苦しみを生み出します。 浄土宗の開祖法然上人はこの執着を離れる方法として念仏を選ばれました。 「生けらば念仏の功つもり 死なば浄土へまいりなん とてもかくても此身には思ひわづらう事ぞなき と思ひぬれば死生ともにわづらひなし」 他の雑事にとらわれず己が為すべき事を為す、その柱に念仏を据えるということです。 それがわづらいの無い生き方、念仏信仰のあるべき姿です。 このようなお話をしました。 境内の地植えのインド菩提樹の冬囲いを外しました。 枝は枯れましたが幹はどうでしょうか。 本堂内に取り込んだ鉢植えも葉を大分落としました。 実生の株は半分は葉が落ち枯れたようになっています。 葉が元気に残っているものもありますが、個体によって耐寒性に差があるのかもしれません。 例年は本堂内の最低温度は5度位ですがこの冬は3度以下に下がりました。 わずかな差ですが熱帯植物には大きな差だったのでしょう。 ロウバイや紅梅は花を終えました。 門出八幡宮の所のハクサンボクが4月にコデマリのような白い花を付けます。 #お彼岸 #インドボダイジュ #勝念寺 #かましきさん #釜敷地蔵尊 #織田信長 #多羅観音 #閻魔法王 #京都 #伏見 #身代り蛙 #カエル

令和八年釜敷地蔵尊供養会を中止します。

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  令和八年釜敷地蔵尊供養会を中止します。 同時に宝物公開も中止します。 住職も高齢になり足腰が弱まり手にも力が入らなくなりました。 法要だけならともかく準備が大変です。 副住職と二人で仏具などを移動させますが、特に宝物など落とせば大変です。 前から気にしていたのですが去年の秋から急速に体力が弱まりました。 ともかく令和八年釜敷地蔵尊供養会・宝物公開を中止します。 平成24年(2012)に第一回釜敷地蔵尊供養会を行った時は住職は六十一歳の時でした。 そして釜敷地蔵尊の法要だけでは誰も来ないだろうと思い織田信長公より賜る宝物の公開を同時に行いました。 何度も書きましたが住職の子供の頃、第二次大戦前は檀家さんとは別に釜敷地蔵尊の信者があり、講(信者の組織)が組織されていました。 遠くは京田辺・長岡天神・向日町辺りから信者さんのお参りがあり縁日には屋台が出て賑やかであったと聞いています。 それが戦後はお地蔵様のお参りが途絶え、檀家さんも地蔵堂を素通りでした。 住職が昔からの檀家さんにお参りしてお年寄りに織田信長の話をしても信じてもらえませんでした。 20年程前住職に就任した時に寺の歴史や信長公より賜った仏像について書いた写真入りのプリントを檀家さんに配り説明しました。 それを元に勝念寺のホームページを作りました。 釜敷地蔵尊にお参りに来て頂く為には門を潜って貰わねばなりません。その為に石のカエルやお地蔵様を境内に並べ萩を植えました。 釜敷地蔵尊供養会を始めたのもお地蔵様にお参りに来て頂くためです。 お陰様でそれまでご縁の無かった多くの方にお詣りに来て頂くようになりました。 この流れを止めたくないのです。 次期住職に頑張ってもらいます。 #釜敷地蔵尊供養会 #宝物公開 #釜敷地蔵 #織田信長 #勝念寺 #かましきさん #多羅観音 #閻魔法王 #毘沙門天 #京都 #伏見 #身代り蛙 #カエル