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令和7年8月30日 萩とインド菩提樹の様子

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  令和7年8月30日(土曜日)萩とインド菩提樹の様子 この暑さの中、クーラーを切っていると無人の室内は日中は40度を超えます。 その為かパソコン・デジカメ共この夏急にダメになりました。 それでパソコンはサブのノートパソコンから、写真はスマホ撮りでお送りします。 ハギですがこの暑さでも枝葉の成長は順調です。盆中手入れが出来なかったので今は伸びた枝を縛り上げています。 例年ハギは6月と9月に花が咲きます。 しかし去年に続き今年の6月も花が咲きませんでした。 今年6月は30度の日も多く35度に達する日もありました。真夏の気候です。 ハギは夏の暑さで成長をストップさせます。 そして8月下旬の朝夕涼しくなったころから花穂を伸ばします。 この猛暑で花穂が少しは出ていますが、多くはまだ出ていません。 いつもなら9月中頃に満開を迎えるのですが、去年は10月上旬に満開になりました。でも花数は少なかったです。 もうお問い合わせがあります。いつが見頃ですか、分かりません。 今年もいつ花が咲くか本当にわかりません。 インド菩提樹ですが、さすが熱帯植物です、この猛暑でも元気に成長しています。 伸びる枝をどんどん切っているので写真で見ると成長していないように見えますが、枝数が増えてこんもりとしています。 実生の株ですが一株づつポットに植えました。 葉が大分大きくなりました。特有の尻尾が出来かけています。 大きくなった株だけ選別して植えましたが、まだ成長に差が出来ています。 楠より大木になる木が、小指の頭ほどのイチジクの実の中にゴマ粒より小さな種がびっしり詰まっています。 この中から生存競争で他を出し抜くために頑張っているのでしょう。 インド菩提樹は別名「締め殺しの木」とも言われます。 鳥に食べられて他の木の上に糞をして、樹上で芽を出した菩提樹の気根が伸びて元の木を気根で絞め殺してしまうので名づけられました。 お釈迦様の悟りの木のイメージと程遠い、生き抜くための知恵でしょうか。

令和7年8月24日 地蔵盆につき釜敷地蔵尊前にて法要を行いました。

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 令和7年8月24日(日曜日)地蔵盆につき釜敷地蔵尊前にて法要を行いました。 お地蔵様の縁日は毎月24日です。特に旧暦7月24日(新暦8月24日前後)はお盆の時期に当たり関西では「地蔵盆」と呼ばれお地蔵様を祀り子供たちを呼んで賑やかに行われます。 当寺でも数件の町内の石の地蔵様を預かっています。今日は地蔵盆でお地蔵さまは各町内に帰っておられます。 さて6月にテレビで当寺の釜敷地蔵尊を放映して頂きましたが、徐々に反響が広がっています。 8月21日突然にyahooニュースに載せたいのでと取材に来られました。 色々とお話しし夕方にはyahooの地域ニュースに載っていました。 結構詳しく載せていただきました。これもテレビの影響かな。 で、6月のテレビ撮影の前に局の人と釜敷地蔵尊にまつわるエピソードをお話ししました。 戦時中伏見深草に第16師団という軍隊がありました。戦地に向かう兵隊さんが一時寺院などに寄宿させられました。 その時、信楽焼の蛙の裏に名前を寄せ書きされ残していかれました。 無事帰るの願いからでしょう。職業軍人なれば死ぬ覚悟があったでしょうが、今まで商売や会社勤めをしていた人が突然召集令状で戦地に向かうとなれば家族や色々な思いで無事帰るの気持ちも理解出来ます。 戦時中は死んで帰ってこいという風潮の中、先々代住職は地蔵堂に祀って誰かに見られたら怒られると言って、自分の書斎で保管していました。 無事帰られた方は家族と共にお地蔵様にお礼参りに来られたと聞いています。 この様なことをディレクターに話したら、これは良い話だといわれたのですが話が長くなったのでカットされました。代わりにお札の話になりました。 当寺の境内に石の蛙がいるのも、「身代わり」地蔵のごろ合わせもありますが、この戦時中の話も念頭にあります。