平成26年彼岸会法要を行いました



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平成26年3月22日(土曜日)

彼岸会法要を行いました


当日は、寒い朝でしたが日中は暖かくなりました。




名残の「鹿児島紅梅」






ようやく咲き出した「白モクレン」





法要には遠い処からも沢山来て頂きました






今年は、「開山貞安上人の四百年遠忌」に当たります。

彼岸会法要と併修しました。




貞安上人のことは

勝念寺ホームページをご覧ください

   貞安上人について



法要の後、貞安上人の人柄を物語るエピソードを二つ紹介しました


一つは「秀次悪逆塚と瑞泉寺」の話

関白秀次は叔父豊臣秀吉から謀反を疑われ切腹させられ、

秀次の妻妾、幼児など30余人、三条河原で打首となりました。


その時、貞安上人は恩義のある秀次公を思い、刑場の一隅に地蔵尊を運び込み、

次々と首を打たれる子女達に引導を授け続けました。


打たれた三十数名は秀次の首とともに河原に埋められ、塚が建てられ、

「秀次悪逆塚」と称され、かえりみる者はありませんでした。

その跡地に角倉了以は秀次の菩提を弔うために、瑞泉寺を建立しました。



もう一つは、「大雲院にある石川五右衛門の墓」のことです。

石川五右衛門が京都市中を荒らしまわり、秀吉の手勢に捕えられ、

三条河原で一子と共に釜茹の刑にされました。


処刑の前に市中を引き回され、大雲院の前に至った際、

そこで貞安上人に引導を渡された縁により

大雲院に五右衛門の墓があります。



共に、時の権力者、太閤秀吉の勘気に触れた人物に引導を渡すのは

余ほどの覚悟がなければ出来ないことです。

貞安上人像 勝念寺蔵


ここに貞安上人の肝の据わった、豪快な人柄が見て取れます。

その気性故、織田信長公にも帰依されたのでしょう



この貞安上人は元和元年(一六一五)五月十六日、二条城で徳川家康に謁し、

七月十七日に大往生。時に瑞雲が林を覆い、天華が龕に落ち、

群集の道俗はみな随喜の涙を流したと云います。

貞安上人供養塔 勝念寺墓地



世寿七十七、法臈六十七。

今年で、「貞安上人四百回忌」になります。



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