平成29年 彼岸会法要を勤めました



平成29年3月21日(火曜日)
彼岸会法要を勤めました。



平日で生憎の雨のお天気でしたが多くの方にお詣りに来ていただきました。



法要の後は、弟子が知恩院で加行を受けて僧侶の資格を得たこと、勝念寺の副住職を叙任した事を報告しました。



そして、昭和女子大学の関口静雄教授が論文「京伏見安養山勝念寺蔵『焔魔法王尊像縁起』翻刻と解題」を出されましたので、このことについてお話しました。



八百五十年前平清盛の頃、摂津の清澄寺の慈心坊尊恵が閻魔法王より松材にて閻魔自作の尊像を嚫施され、伊勢大神宮の参詣の帰路に伊賀上野に立ち寄り、十王堂に閻魔尊像を安置し、そこで亡くなった。

数百年の後、織田信長が伊賀上野に鷹狩に来て尊像を拝し城中に安置した。信長は安土宗論に勝利した貞安上人に嚫施として閻魔像を授けた。




そもそも、閻魔法王が尊恵に自作像を授けた因縁は応和三年(963)に南都の松室仲算と北嶺の慈恵僧正の宗論に因る。

宗論に負けた慈恵僧正は平清盛に化生して南都を焼き、清盛は焼仏の罪で無限地獄に落ちた。

地獄に落ちた清盛を憐れんだ閻魔法王は清盛追善の嚫施として尊恵に閻魔自作像を授けたのであり、信長は安土宗論の嚫施として、この閻魔像を貞安上人に授けたのである。

このことは因縁不思議という外はなく、貞安上人は尊恵の再来であるとし、




本朝無双のこの尊像は仰いでもあおぐべく、貴みてもとうとむべし極悪深重の衆生値遇の結縁をなし、二世の悉事をいのり奉るべきもの也と結んでいます。



関口教授は勝念寺の縁起をきわめて貴重でかつ特異な存在と述べておられます。




境内では梅が終わり白木蓮が咲きかけています。




彼岸法要が済むと、4月8日には、釜敷地蔵尊供養会を行います。
どうぞお詣りください。














このブログの人気の投稿

多羅観音の造像年代が判明しました

カエルの季節

平成27年彼岸会法要を行いました