勝念寺ホームページ「元祖法然上人像」のページを再度訂正しました。
令和3年5月12日(水曜日)
勝念寺ホームページ「元祖法然上人像」のページを再度訂正しました。
「元祖大師霊像縁起」は崩し字のお手本のような字ですが、無学な住職が悪戦苦闘して読んでやっとネットに上げたところ、たちまち縁起を翻刻して頂いたお方や貴重な御教示がありましたので再度訂正いたします。
「元祖法然上人像」は当寺諦誉義禅和尚の師僧 専念寺十七世順阿隆円大和尚より授かったものと思い込んでいましたが、専念寺十八世法誉隆常上人(諦誉義禅上人の兄弟子)から授かったものでした。
さらにこの像を念持仏とされていた願生寺 超誉益雄上人の血縁者は隆円上人ではなく隆常上人でした。
「隆常」という字は分かっていたのですが「隆円」の間違いだと決めつけていました。
当寺の古文書には「順阿隆円」の名はよく見るのですが「法誉隆常」の名は見たことありませんでした。
さらに「華頂山主大僧正」(知恩院住職)と「門主大王」(知恩院宮門跡)が昔は別のお方と分かっていても一緒にしてしまいました。
また「開光」が「開眼」であることも教えて頂きました。
文政九年の専念寺と知恩院の手紙には再修補と書かれていますので順阿隆円上人の斡旋によって「華頂山主大僧正」に御像の開眼をお願いしたのかもしれません。
そして「門主大王」(知恩院宮門跡)に御高覧頂き御回願給わりました。
御像の裏に「為報恩奉修補」「元禄七年」と書かれています。元禄七年(1694)に補修したということは、元禄以前の御像かと思われます。
誠に思い込みというものは恐ろしいものです。真実を見る目をくらましてしまいます。
師僧 順阿隆円上人は当寺十四世諦誉義禅上人の勝念寺復興を援けまた助言をされて、当寺も多大な恩恵を給わりました。
順阿隆円、諦誉義禅お二方の勝念寺復興の事業は現住職にも継承されています。
そして師僧だけでなく、兄弟子 隆常上人にも祖先遺愛の霊像を授けられるなど諦誉義禅上人はよほど可愛がられたお方だったのでしょう。
貴重な御像ですのでこれからも大切にお守りしていきます。